ひかり

先月から受けている
フォーカシング

学びながらセッションも受けていて
外から、中から
フォーカシングを体験中です。

前回、先生(サイコセラピスト)が
言われていたことがとても
印象的でした。

「経験が邪魔することって
対人援助の世界では多いにある」と。

たとえば
うつで引きこもりだった人が
セラピー受けて元気になって
そのままカウンセラーになって
「引きこもり専門」という看板で
仕事をはじめるというパターン。

そうなると
「自分の経験」が
役に立つこともある(かも)だけど
その経験の枠のなかでしか
見れないことが多く、
クライアントの「個」の悩みや状態を
ニュートラルに見ることができない。

それに加えて
本人の癒しが完了していないことも多く
(本人は無自覚・・)

そうすると当然のことながら
セラピー(カウンセリング)の効果はあがらず、

最悪のケースとしては
依存と投影が重なり合って
一緒にぐるぐる巻きに
なってしまうんだとか。

な・る・ほ・どー。

「○○専門」とかってよく見かけるし、
確かに「経験を売り」にするケース、
あるよなぁ、と。

自分の場合は、
ココロではなくて
カラダを入り口としているものの
カラダと心はセットだから
カラダに働きかけるということは
ココロにも影響があるということで、

知ってよかった
とてもとても大事なことだと
思いました。

そういえば・・
3〜4年前、
助産院でのセッションの
お話をもらった当初、
「出産も子育て経験もない私で本当にいいの?」
と助産師さん(兼オーナー)に言ったとき

「だからいいのよー!」
「経験者の意見が邪魔なときもあるのよ」
と言ってもらったことを
思い出しました。

あのときは
そんなもんかなあ・・
と思ったけど
そういう意図もあったんですね、
いまさらですが・・・(笑)

さすがです!
(さすがな助産師さんはこの方です)

話がそれました・・

ブログ、SNSでは
「寄り添う」や「心で・・」云々
よく言われるし、

かつてのわたしも
そうだよねーと思っていました。

人は誰しも
目の前に体調が悪い、
どこか不調を抱えている
そんな人を目の当たりにすると
心配になったり
どうにかしてあげたいと
なるもので、

それは人間本来に備わっている
愛や共感の気持ちがそうさせるのだと
思います。

でも、セッションの場においては
その”気持ち(ココロ)”よりも、
いま起こっていることを観る
その意識のほうが大切なようです。

心配やどうにかしてあげたい、
その他諸々の想いや感情も含めた
気持ち(心)を一旦落として
どれくらいニュートラルに
その場にいられるか、
ほんとーに大事。

それがクライアントさんにとっての
”安心”と”安全”につながって

自由にのびのびと
その人本来のチカラを発揮できる
スペースをつくりだすことができるようで、

そのとき起こることも
違ってくる。

『想いさえも圧になる』
お伺いした話からも
これって真実だなぁと思います。

ふぅ・・

カラダやココロに触れることを
仕事にするようになって今年で丸10年。

知れば知るほど
知らないことだらけ。

でも最近
ほんの少し”ひかり”がみえはじめてきました☆

それでも学びは永遠につづきそうです・・

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