振り返ってみた

本当の自分を生きる、本当の自分にかえる etc.
そういう言葉をよくみかける。
「écru.」という屋号も「自然体でありたい」という想いからのものだし、みんなみんな体も心も本来の自然体な自分でありたいし、本当の自分に帰りたい、自分らしく生きたいって思ってる。
そもそも本当の自分を生きるってことがこんなに難しいなんて、なんだか変だなと思うものの、自分を振り返ってみても、意図していたわけじゃないけれど、結果的にはずっとそういうものに惹かれ続けていることに気づかされる。
本当の自分、自分の本質って何?
具体的に表現するとしたらどういうこと?
と聞かれたら、なんとなくわかっているけれど、とても漠然としていて本当はわかってないのかも・・・と心のどこかでは思っていたような気がする。
そもそも辿り着きたい場所がどういうところかがわかっていないとそこには行けないわけで(笑)
せめて行きたい方向だけでもわかっていたら、どっち向いて歩き出せばいいのかくらいはわかる。
自分自身はそんなふうに歩きはじめたような気がする。
その方向づけをしてくれたのは(私にとっては)ヨガだった。
そこにどんなふうに向かっていけばいいかを教えてくれたのがクラニオと瞑想で、
本当の自分とはどういうものか、その生き方を妨げているのは何かを具体的にしてくれているのがダイアモンドロゴス(とJyotish)。
そして、日々のあれこれに散漫になりがちな意識を内側へ、光の方へ向けることをサポートしてくれているのがマントラ。(マントラの力を実感できるようになってきたのはほんのつい最近のことなんだけど、、、マントラのことはまたいつか。)
最初に出会ったアロマは、15年間朝から晩まで働き続けていた自分に、”今とは違う生き方があるかもよ?”っと、足元を見つめ直すきっかけをくれたんだと思う。それからもう20年以上も経ってる・・・信じられない。
道のりも人それぞれだし、色々ある。
初めから一つのことに邁進していく人もいれば、色々なものに触れながら、自分の進む道を見つけていく人もいて、人の数だけそれがあるけれど、その時々の、ほんの一瞬の選択で人生が変わることだってある。
自分の場合は後者だけど、これまでの長〜いプロセスが自分にはしっくり来ていて、これ以外なかったんだな、と思う。(そしてそれは驚くほどJyotishチャートに現れている)
ヨガもクラニオもマントラも、アロマもそうかなエッセンシャル・オイルというくらいだから。
それぞれ一見全く違うものなんだけど根底に流れているものは同じ。結局はずっと同じ方向に向かっているんだとわかってきたことは、”粗いものから微細なものへ 〜 Vitarka Vichara”
究極のVicharaに出会えたとき、”それ”が姿を現してくれる。
これからも、おばあちゃんになってもずっと探究して実践し続けていけたらいいなと思っている。
なんでこんなこと書きたくなったかというと、ちょうど10年前の今頃の時期(2015年の春頃)からクラニオバイオを学びはじめたんだけど、その時のこと思い出していたから。(10年前の3月下旬は目黒川沿いの桜、咲いてた。今年は寒いです)
当時、10年後の自分の未来をどう考えていたかなんて全然覚えてないけれど ーたぶん、何も考えてなかったー、その時ぼんやりとでもみていた方向に向かってそのまま歩き続けていることだけは確かみたい。